12 · フランス · 建造 1163年

ノートルダム大聖堂

ユゴーは荒廃から救うために小説を書いた。2019年の火災は大聖堂をあと一歩で失わせた。

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物語

1977年、パリの銀行の中庭の地下から掘り出された21体の石造の王の首

1977年、パリ中心部の銀行の中庭工事中に、中世の王冠を戴いた21個の石彫の頭部が発見された。フランス革命期の1793年に民衆がフランス国王像と誤認してノートルダムの正面から破壊・切断した「ユダヤの王たちの頭部」であった。ある市民が密かに買い取り、自宅の庭に埋めて破壊から守り抜いていたのである。

外側から空中にアーチを架けて高さ33メートルの大ヴォールトを支える飛梁(フライング・バットレス)

シテ島のゴシック建築の精華

1163年にモーリス・ド・シュリー司教によって着工されたノートルダム大聖堂は、高さ33メートルの大空間を支えるために外部にアーチ状の「飛梁(フライング・バットレス)」を採用した先駆的大建築である。

19世紀の荒廃期、ヴィクトル・ユゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』が国民的保存運動を巻き起こし、建築家ヴィオレ・ル・デュクによる約20年に及ぶ大修復で屋上のキマイラ像群やオーク材の尖塔が復元された。

火災の翌朝、瓦礫の中から奇跡的に回収された尖塔頂部の銅製の雄鶏

2019年の大火災と不滅の再生

2019年4月15日、大火災により「森」と呼ばれた中世の木造小屋組みと尖塔が炎に包まれて崩落したが、消防隊の懸命な消火活動により双塔と13世紀のステンドグラス(バラ窓)、そして聖遺物「茨の冠」は守られた。翌朝、瓦礫の中から尖塔頂部の銅製の雄鶏像が無事救出された。

世界中から集まった職人たちの伝統技術による復元工事を経て、大聖堂は2024年12月に再び一般公開を迎えた。

所在地

Paris
フランス

6 Parvis Notre-Dame – Pl. Jean-Paul II, 75004 Paris

48.8530, 2.3499