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物語
ボロブドゥールの頂上に立つと、建築は静かにあらゆる現世の物語を語るのをやめる。下層の回廊では、壁一面に船、市井の人々、象、踊り子、王族の姿が精緻な浮き彫りでひしめいている。しかしここ最上部の3段の円形テラスには、具象的な絵柄は一切存在しない。あるのは格子状の透かし彫りが施された72基の釣鐘型ストゥーパだけであり、その格子越しに中を覗くと、微かに座仏の姿が見て取れる。そして中央にそびえる最大のストゥーパは完全に密閉され、中は空虚である。巡礼者は幾重にも巡る回廊を何キロも登り、物質世界が空(くう)へと溶け込む無色界の境地へと到達するのである。
丘の上に山を築く
8世紀後半から9世紀初頭にかけてジャワ島中部のシャイレーンドラ朝によって造営されたボロブドゥールは、中に入る建物ではなく、自然の丘全体をモルタルを使わずに200万個以上(約5万5000立方メートル)の安山岩ブロックで包み込んだ巨大な石造ピラミッドである。
下部の5段の方形テラス(欲界・色界)から上部の3段の円形テラス(無色界)へと続く構造を持ち、回廊に刻まれた2600面以上のレリーフは世界最大の仏教美術絵巻を成している。
忘却の世紀と再発見
10世紀にジャワの政治の中心が東部へと移ると、ムラピ火山の噴火による火山灰と熱帯雨林の密林に飲み込まれ、何百年もの間人々の記憶から消え去った。1814年、イギリス副総督トーマス・ラッフルズの命を受けた技師コルネリウスが約200人の労働者とともに発掘を行い、ボロブドゥールは再び世界へと蘇った。
1885年、オランダ人技師アイゼルマンは、最下層の基壇の奥に因果応報の教えを描いた160面の隠された浮き彫り(『大分別業報経』カルマヴィバンガ)を発見した。建造当時、構造全体の重みによる崩壊を防ぐため、追加の石組みで基壇全体を補強したことで覆い隠されていたのである。
今日
1975年から1982年にかけてユネスコとインドネシア政府は100万個以上の石材を解体・洗浄・復元する大事業を完遂した。1991年にユネスコ世界遺産に登録されたボロブドゥールは、今も毎年ウェーサーカ祭に世界中から僧侶と巡礼者が集う東南アジア最大の仏教聖地である。
所在地
Jl. Badrawati, Borobudur, Magelang 56553
-7.6079, 110.2038