玉座の向こう側
宮殿の門の奥には、中庭や庭園、限られた人だけが入れる部屋がありました。四つの宮殿を通して、権力が日々の暮らしをどう形づくったかをたどります。
02 · 中国 · 1420年
紫禁城
1933年の冬、日本軍の侵攻が北京に迫る中、故宮博物院の職員たちは歴代の宮廷宝物を疎開させるという大決断を下した。陶磁器や青銅器、名画を収めた1万3000箱以上の木箱が門を出て、荷車、列車、小舟、そして人夫の背に揺られて内陸奥地の山中へと運ばれた。15年間にわたり洞窟や寺院を転々としながらほぼ無傷で守り抜かれ、現在は北京と台北の二つの故宮博物院に分かれて所蔵されている。 紫禁城は15世紀初頭、明の第3代永楽帝によって造営された。その配置は厳格な南北中心軸に沿って門、広大な中庭、玉座の殿閣が一直線に並び、天上の北極星の地上における写し絵として設計された。
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