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物語
その屋根の形は歴史的には不正確である。だがそれこそがカルカソンヌの最も有名な景観を成している。写真に見るカルカソンヌは、灰色のスレートで葺かれた魔女の帽子のような尖塔群が連なる中世の城塞そのものである。だがこの地方の伝統的な屋根は平らな素焼き瓦であった。19世紀に城塞を救った建築家ウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュックは、「建造物の修復とは、過去のどの時代にも存在しなかったかもしれない完全な状態を再現することである」という信念のもとにこの屋根を架けた。彼がいなければ城壁は取り壊されていたかもしれないが、彼の復元によって、ヨーロッパで最も有名な中世城塞は19世紀のロマン主義的理想の結晶となった。
重層する2000年の歴史
地中海と大西洋を結ぶ要衝の丘に位置し、ローマ、西ゴート、フランク王国時代の遺構が積み重なっている。民話によれば「カルカス夫人」が長い包囲戦の末に最後の豚に貴重な小麦を食べさせて城壁から投げ落とし、それを見た敵軍が食糧が潤沢にあると誤認して撤退したという伝説が都市の名の由来として語り継がれている。
カタリ派十字軍と二重城壁
1209年のアルビジョア十字軍において、十字軍は8月の猛暑の中でオード川の水を遮断して城塞を降伏させた。フランス王室の直轄領となった後、ルイ9世によって外側の第二城壁が築かれ、二重の防壁に囲まれた難攻不落の要塞都市へと変貌した。
解体の危機からの復活
1659年のピレネー条約で国境が南下すると軍事的役割を終えて荒廃し、19世紀半ばにはフランス政府から解体命令が出されたが、住民運動とヴィオレ=ル=デュックの大修復により見事に再生を果たした。
1997年にユネスコ世界遺産に登録されたカルカソンヌは、約3キロメートルの城壁と50基以上の塔を誇るヨーロッパ随一の城塞都市である。