歴史をたどる

シルクロード

中央アジアとイランの広場、交易都市、砂漠の街路をたどります。この道を行き交ったのは品物だけではありません。考えや知識も旅をしていました。

01 · ウズベキスタン · 1420年ごろ

レギスタン広場

サマルカンドのレギスタン広場の東に建つシェル・ドル・マドラサ(獅子を戴く神学校)の正面には、イスラム建築では極めて異例な具象モザイクが施されている。白い鹿を追う2頭の虎の背中から、人の顔を持つ燦然たる太陽が昇る構図である。「砂の場所」を意味するレギスタンは、シルクロードの交易路が交差するチムール帝国の心臓部であった。 1410年代、チムールの孫であり優れた天文学者であったウルグ・ベクが広場最初のマドラサを建立し、数学や天文学の最高峰の学問拠点とした。

物語を読む

02 · ウズベキスタン · 1127年ごろ

ブハラ

1930年代、ブハラ西端の古い墓地で調査を行っていたソビエトの考古学者が、土の小山を掘り始めた。そこから姿を現したのは奇跡のような建築であった。頂上にドームを戴く完璧なレンガの立方体であり、4つの側面はすべて均等で、太陽の運行に伴って表情を変える籠目模様のレンガ積みで覆われていた。10世紀に建造されたサーマーン朝の霊廟であり、中央アジアに現存する最古のイスラム建築の一つである。 これが生き残ったのは、誰にも見つけられなかったからである。

物語を読む

03 · トルクメニスタン · 紀元前250年ごろ

メルヴ

トルクメニスタン南部、カラクム砂漠の縁の平らな土地に、立方体の建物がぽつんと立っている。上にドーム、壁は日干しレンガと焼成レンガ、周囲には何もない。セルジューク朝のスルタン・サンジャルの廟であり、かつては世界でも有数の人口を抱えた都市のただ中に立っていた。 その都市の名はメルヴ。いま残るのは、砂漠に離れて立つ城壁、塔の根元、そしてこの廟である。 メルヴが存在したのはただ一つの理由による。ムルガブ川である。川は北へ流れ、砂漠に消える。メルヴは、その消える手前の最後の肥沃な土地に築かれた。

物語を読む

04 · イラン · 470年ごろ

ヤズド

イランの中央部、ルート砂漠とカヴィール砂漠が交わる地に、金砂色の日干し煉瓦の街ヤズドが広がる。空を仰げばまず目に飛び込むのが、ニワカタビラのように切り込まれた格子模様の高塔群——バードギール(風採り塔)だ。電気もエンジンも使わず、砂漠の微かな風を高所で捕らえて冷たい貯水槽の上を通させ、夏の酷暑の中で室内を涼しく保つ天才的な自然冷房システムである。 ヤズドの路地(クーチェ)は高い壁に囲まれ、しばしば日陰を最大化するためにアーチ屋根で覆われている。

物語を読む