83 · アルゼンチン · 建造 紀元前7300年ごろ

クエバ・デ・ラス・マノス

九千年前の手形が二千。そのほとんどすべてが左手である。

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開放時$3
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$3

物語

ピントゥラス峡谷の岩陰と、その壁の手形

やるべきことは単純だった。左手を冷たい岩に平らに押しつけ、動かさず、まわりに顔料が吹きつけられるのを待つ。骨の管、口に含んだ鉱物の粉、そして一息。手を離すと、壁に残るのは手ではなく、そのまわりの色である——ネガである。

アルゼンチン南部サンタクルス州、ピントゥラス川が刻んだ狭い峡谷の壁で、それはおよそ二千回繰り返された。古いものは九千年を超える。最初と最後のあいだには数千年がある。つまりこれは一世代の仕事ではなく、人が何度も戻ってきた場所だということだ。

なぜここか

パタゴニアのこの一帯は、開けた、風の強い、樹木のないステップである。ピントゥラス峡谷はその平坦さに刻まれた深い切れ込みで、二つのものを与える。水と、風よけである。峡谷の壁の庇の下に、雨と風を避けた長いテラスが走っている。

ここを使った人々は狩猟採集民で、主な獲物はグアナコ——この地方の野生のラクダ科動物だった。峡谷が狭いことは狩りにも役立つ。群れを狭まった線へ追い込めるのである。壁の絵の一部はまさにそれを描いている。グアナコの群れ、それを囲む人影、飛ぶ武器。

岩に当てられた左手と、骨の管から吹きつけられる顔料

顔料そのもの

色は土地の鉱物から来ている。赤と紫は酸化鉄、白はカオリン、黄はナトロジャロサイト、黒は酸化マンガン。鉱物を粉にし、展色材と混ぜ、中空の動物の骨で吹いて面に噴きつける。

この技法は、手の上から塗るのとは違う結果を生む。手に塗れば手そのものの跡が残る。まわりに吹けば、手がない場所が塗られる。あの壁の一つ一つの形は、そこに手が置かれていた瞬間のネガである。

顔料は岩の孔に染み込み、乾いた気候が残りを引き受けた。九千年たった今も、色は読める。

ほとんどが左

クエバ・デ・ラス・マノスのいちばん際立つ細部は、数えたときに現れる。手形の圧倒的多数が左手なのである。

理屈の通る説明が一つあり、それ以上は要らない。右利きの人は管を右手で持って吹くので、壁に押しつけられるのは左手になる。つまりこの比率は、九千年前に生きた集団の大多数が右利きだったことを教えている——今日見られる比率と矛盾しない結果である。

もう一つの細部は手の大きさにある。計測は、手形のかなりの割合が大人ではなく若年者のものであることを示している。そこから、この行為が何らかの通過や参入の場面と結びついていたのではないかとも言われる。しかしそれは解釈であって記録ではない。彼らは文字を残さなかった。残したのは、手がどこにあったかである。

現在

この遺跡は一九九九年にユネスコ世界遺産に登録された。保存上の主要な問題は自然の風化ではなく人である。過去数十年に表面へ刻まれた名前や塗料は、取り返しのつかない損傷を残した。いまは壁の前に歩道と柵が置かれ、見学はガイド付きになっている。

土地の遠さは守りにもなり、面倒にもなる。最寄りの町まで百キロ以上あり、来訪の圧力は低く保たれるが、日常的な監視も難しくなる。峡谷は、九千年前にここを岩陰にしたのと同じことを続けている——風を遮っている。

所在地

Perito Moreno
アルゼンチン

Cañadón del Río Pinturas, Santa Cruz

-47.1531, -70.6586