66 · モロッコ · 建造 1600年ごろ

アイット・ベン・ハドゥ

斜面に建つ土の村は、大雨のたびに塗り直さなければ崩れてしまう。

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開放時$3
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$3

物語

塩と金を運ぶ隊商が峠を目指して川を渡る様子

隊商(キャラバン)は早朝に川を渡った。ラクダたちは南部ドラア渓谷やサハラ砂漠の深部から、塩、砂金、皮革、ダチョウの羽を満載してやって来た。対岸には、赤土で築かれた家々の群れが急な丘の斜面にそびえ立っていた。隊商はそこで家畜に餌を与え、一晩を過ごし、翌日のハイ・アトラス山脈越えに備えた。峠の向こうにはマラケシュの街が広がっていた。

この宿場こそが、アイット・ベン・ハドゥが存在した唯一の理由であった。川、峠、そして過酷な山越えの前の最後の安全な夜である。

土でできた要塞村

北アフリカでは城塞化された集落を「クサール」と呼ぶ。アイット・ベン・ハドゥはその中で最も名高く、オウニラ川沿いの斜面に内側を向くように密集して建てられている。頂上には共同穀物倉(アガディール)が鎮座し、その下に家々が折り重なるように階段状の細い路地で結ばれている。

建築材料は大地そのものである。木枠の中に粘土、藁、川の砂利を混ぜて突き固めた版築(タピ)で壁が作られている。木材は天井の梁と扉枠にのみ使われる。こうして建てられた住居は夏は涼しく、安価であるが、非常に脆い。カスバ(城塞)の角塔に施された幾何学模様は、泥がまだ濡れているうちに職人の指と木製ヘラで彫り込まれたものである。

現存する家屋の多くは17世紀以降のものである。土の建築の性質上、絶え間なく手入れをしなければ崩れて土に還り、新しく建て直されるためである。アイット・ベン・ハドゥの古さは石ではなく、その立地にある。

雨との競争

村人たちが梯子に登り、手作業で壁に泥の漆喰を塗り直す様子

水こそが土壁の唯一の天敵である。この乾燥地帯では年間数日しか雨が降らないが、降る時は猛烈な豪雨となる。そのため大雨のたびに同じ共同作業が繰り返された。家族総出で川辺から泥と藁を集め、梯子に登って浸食された壁面を手作業で塗り直したのである。

この手入れは住民の生活習慣そのものであったが、20世紀後半に住民のほとんどが対岸の新しい村へ移住したことで失われた。

カメラの向こう側

土壁の前に組まれた石膏製の小道具の門と撮影用クレーンの様子

1970年代以降、別の種類のキャラバンが訪れるようになった。安定した太陽光と砂塵、現代建築の電柱がない原始の景観を求める映画の撮影部隊である。アイット・ベン・ハドゥはそれらすべてを提供し、数多くの名作映画やファンタジー大作のロケ地となった。

1987年にユネスコ世界遺産に登録されたアイット・ベン・ハドゥは、かつて山越え前の最後の宿場町であったが、今や世界中の旅人たちが目指す最終目的地となっている。

所在地

Ouarzazate
モロッコ

Ait Ben Haddou, Ouarzazate Province

31.0472, -7.1318